
- トレジャーハンターのパイオニアともいわれるメル・フィッシャーは、フロリダ・キーウェスト沖で沈没した大航海時代のスペインのガレオン船「アトーチャ号」の引揚げに人生を賭けた人物として有名です。
彼がトレジャーハンティングに魅せられたきっかけは、少年時代に読んだスティーブンソンの冒険小説「宝島」だったとか。カリフォルニアでスキューバダイビング専門店を営んでいたフィッシャーは、1964年に知人からの誘いでこの世界に身を投じました。やがてハバナの港からスペインへ向けて発った大船団の一隻で、1000億円相当の財宝を積んで沈没した「アトーチャ号」の存在を知ることになります。フィッシャーはその財宝を見つけるため自らチームを組み、1968年から引揚げに挑みます。最初は全く手がかりがなかったものの、歴史学者からのアドバイスによって3年後に金貨、その2年後に銀貨と銀の延べ棒、1975年にはブロンズ製の大砲を発見し、「アトーチャ号」の財宝が目前にあることを確信しました。しかし船の転覆事故によりハンティングに参加していた長男夫婦と仲間のダイバー1人が死亡、さらにフロリダ州からは「アトーチャ号」沈没地点の海域は州のものであり財宝も州が所有するという通知書が送られました。フィッシャーは裁判で自らの権利を主張、法廷闘争を続けながら引揚げの金策に奔走します。一時はハンティングを諦めることも考えましたが、家族や友人からの励ましがフィッシャーを支えました。1982年「海域は実はフロリダ州の管轄外であり、財宝の所有権はフィッシャーにある」という判決が下ります。そして1985年、金貨や銀の延べ棒など総額720億円を超える財宝をフィッシャーは手に入れます。「アトーチャ号」のハンティングを始めてから実に17年の歳月が流れていました。1998年フィッシャーは76歳でこの世を去りますが、彼が生前に設立した「メル・フィッシャー博物館」(フロリダ州キーウエスト)には、彼が探し当てた金銀などの財宝が公開されています。毎年約20万人の観光客が訪れ、財宝の存在を信じて夢を叶えたトレジャーハンターの人生に思いを馳せています。 
- マイケル・ハッチャーは沈没した軍艦や商船を引揚げ、積荷の金属やゴムなどを売買する商人でした。あるとき偶然中国明朝時代の沈没船を発見、陶器などの引揚げ物を収集家に売却したことで大きな利益を得て、以後、沈没した貿易船の捜索と引揚げ事業へと転換していきます。1984年には18世紀のオランダ商船「ヘルダーマルセン号」を引揚げ、回収した青花磁器や陶器などをアムステルダムのオークションで競売にかけました。これらの財宝は中国にとって貴重な国家の文化遺産でしたが、当時の世界各国の海洋法や中国の法律では次々と競り落とされていくことを阻止できませんでした。1999年ハッチャーは清朝時代の沈没船「テクシン号」を発見、引揚げた100万点以上の中国製陶磁器のうち、希少価値を高めるため36万5000点だけを残してすべてを破棄、オークションで3000万ドル相当の収入を得ました。
こうしたトレジャーハンターたちの手から国家遺産を守ろうとする意図により、中国政府が莫大な国費を投入して2007年末、中国広東省陽江市沖で積載財宝推定額12兆円ともいわれる南宋時代の中国の遠洋貿易船「南海1号」が引揚げられました。
ハッチャーはまた、沈没船引揚げ投資詐欺で立件された事件に悪用されていたともいわれています。

