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情熱の夢追い人たち

Volume 03 Mr. Misao Ando

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第3回:安藤 操ささん(NPO法人ふるさと文化研究会 理事長)

第1章:土地の言葉は自分そのもの

  千葉で生まれ育ち、現在も千葉にお住まいだそうですが、幼少時の思い出などを教えてください。

安藤(敬称略):市原郡内田村島田という14戸の貧しい谷間の村に高校卒業まで生活していました。戦中戦後の混乱期ですから勉強はほとんどしません。自然の中で遊ぶ日々でした。子ども集団は数人しかいないので餓鬼大将だったのです。春夏秋冬ごとにいろいろな遊びがありました。地域の共同体が存在していて、お互いに助け合う社会でしたから保守的風土ですが生活はゆったりとしていました。

  では、生活するなかで自然と土地に根づいた伝承などに触れていたのでしょうか。

安藤:そうですね。幼い頃から昔話、伝説、方言、伝承遊びなどは生活の中に息づいていましたから。年中行事なども楽しみにしていました。当時すでに消え去ろうとしていたそれらの民俗を、自分自身の内部に所有していたのかも知れません。幼少期の体験が民俗研究の原点になったと思います。

  こども時代から餓鬼大将でしたし、やはり行動的な性格なのでしょうね?

安藤:田舎者ですから無我夢中になりやすいのでしょうね。学生のころは仲間と学生自治会を再建したり、文芸クラブを作ったり、全国の青年俳人と同人誌活動をおこなうなど徐々に図太くなっていきましたが(笑)
民族研究やフィールドワークが今も趣味や道楽のひとつであるように、昔から趣味の延長で何かをはじめることが多かったのかもしれません。

  民俗研究をはじめられたきっかけは?

安藤:もともとは国語教員をしており、民俗文学の分野に興味を持ったのがきっかけです。その後は趣味や道楽のようなかんじで、生まれ育った千葉県を中心に実際にいろいろな場所や人を訪ねて話を聞いてまわり、民話の採集をするようになりました。私の100冊余りの著作のなかでいちばん多いのは民話に関するもので、数十冊はありますね。

  先生の研究にはフィールドワークが欠かせないようですが?

安藤:そうやって自分で実際に見聞きすることが好きなのです。40年ほど前になりますが、農民文学賞作家の遠山あきさんに紹介され、遠山ますさんという語り手の方を取材しに養老渓谷まで休みのたび車を走らせ、聞き書きをしに訪れたのを覚えています。記憶力が抜群で、おそらく千葉県では最後の語り手と言えるでしょう。わたしの民話集にはほとんど収録されていますよ。

  やはりそういった語り手の方は少なくなってきているのですね。

安藤:昔とちがって今は千葉でも住宅団地と工業地帯に人口が集中し、もともとの村の人口はかなり減っています。昔話というものは、私たちの祖先が、集落の寄り合いや家庭で口から耳へと語り継いできたものですからそういった風習自体がなくなってきていますし、語り手とともにふるさとの民話も失われつつあります。
そういった語り手のかわりとなるよう、私は民話の採集をおこない著書におさめてきました。千葉のむかし話ガイドもそのひとつですね。

  民話の採集や著書を出すにあたって先生が一番大切にしていることは?

安藤:民話や昔話は、長い間その土地に根づいて語られて来ましたから語り口や言葉が微妙に異なります。話の筋はあまり変わらなくても語り口は変わりますから味わいも変わるのです。ですから、なるべくその土地の言葉を生かして書くようにしています。


第2章

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