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情熱の夢追い人たち

Volume 03 Mr. Misao Ando

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第3回:安藤 操ささん(NPO法人ふるさと文化研究会 理事長)

第2章:消えたら二度と戻らない“伝承”

  趣味が高じて千葉の民俗研究の第一人者にまでなられたことは素晴らしいですね。

安藤:自分では第一人者と思っていませんが・・・祖先から綿々と語り継がれてきた地域に根ざす伝承文化が、いま消え去ろうとしています。それらは一度消えてしまったら、もう二度とよみがえることはありません。私はそれらを書き留め残すことに強い使命感を持ち、研究に没頭してきました。これは目に見えない歴史の遺産を守り後世に伝えていくことでもあり、私にしかできない仕事という自負もあります。

  先ほどの千葉のむかし話ガイドもそうですが、特にご自身のふるさと千葉に関する活動には力を注がれていらっしゃいますね?

安藤:自分が生まれ育った場所ですからね。房総ふるさと言葉の執筆や、私が理事長を務めるNPO法人ふるさと文化研究会を通じて「房総(千葉)学検定」や生涯学習講座「千葉ふるさと文化大学」を運営しているのも、伝承文化を広く再認識してもらうための活動の一環です。千葉を中心に活動はしていますが、全国の同志のネットワークづくりも考えていますよ。

  房総学検定の内容は日本一と自負されているとのことですが、ほかのふるさと検定との違いはなんでしょう?

安藤:総合的な検定で、問題は400問ほど用意しています。テキストもとても厚く、「房総(千葉)学検定」・「房総(千葉)学検定学習帳」においては千葉県の各分野のトップレベルの方々が執筆していて内容も多彩で豊富です。多くの千葉県民がふるさとの価値と魅力を知らぬまま過ごしているいま、歴史・文化・産業・観光・風土などと幅広く千葉の魅力を認識してもらい、地域の再生と活性化に貢献する人材を育成・発見していきたいと思っています。

  先生のようにフィールドワークを重ね、歴史を丹念に調べあげ事実を理解しているからこそ出来る事なんですね。
先生は歴史ものの翻訳も手がけていらっしゃいますが、それも伝承することの大切さを感じているからこそですよね。

安藤:わたしは千葉の御宿町にのこる有名な伝承で、1609年に遭難し岩和田沖(現・御宿沖)で沈没したスペイン船「サン・フランシスコ号」にまつわる「ドン・ロドリゴの日本見聞録」を現代意訳したものを今年出版しました。しかしその内容は地元で知られている伝承とは少し違います。

  どういった点が違うのでしょうか?

安藤:地元、御宿の伝承ではサン・フランシスコ号に乗船していた373名のうち、317名が岩和田の村民に救助されたと言われています。この時、凍えた異国の遭難者を海女たちが素肌で温め蘇生させ、夫の着物や食べ物を惜しみなく提供したとされています。しかし実際は、その当時(江戸初期)岩和田村には漁師も海女もいなかったという史実がのこっており、その美談が事実とは考えられません。御宿の海岸は波が荒く性能のよい船と洗練された漁法が必要ですが、当時それらはまだ確立されていませんでしたし、近くには消費地となる大きな町もありませんでした。当時からサザエやアワビは捕れてはいたようですが時代的にまだ海女は存在していなかったのです。そもそも人口300人程度の村に300人以上の遭難者を受け入れられるとは考えにくく、地元の名主である岩瀬酒造さんのほか、周辺の名主のところに分宿していたと思われます。

  なるほど、確かにそうですね。では、なぜ地元ではそのような伝承が残っているのでしょうか?

安藤:岩瀬酒造さんの先代、10代目の岩瀬禎之氏は戦前から郷土の海女の写真を撮り続け、毎日新聞社主催の展覧会で「総理大臣賞」を受賞した有名な写真家でもありました。
これをきっかけに御宿の海女が有名になったのです。また、御宿生まれで千葉県初のスキーヤーとしても知られる金井英一郎氏が、史実に多くの想像を織り交ぜて「ドン・ロドリゴ物語」という小説を執筆したのですが、それには海女が素肌で遭難者を温めたエピソードが登場します。それがいつのまにか伝説となり、まことしやかにひとり歩きをすることになったのでしょう。この江戸時代初期におこったサン・フランシスコ号沈没の出来事はいつしか歴史のかなたに消え、再び日本で知られるようになったのは明治以降のことでしたから、そういった事情が誤った伝承ができた原因のひとつかもしれません。

  歴史や伝承というのは一度途切れてしまうと正しく伝えるのが難しいのですね。

安藤:そうですね。「ドン・ロドリゴの日本見聞録」は1929年に翻訳書が出され、1993年に資料集として出版されていますが内容が専門的で一般の人には取りつきにくいのものでした。今年はサン・フランシスコ号が沈没してから400年という日西墨(日本・スペイン・メキシコ)交易の記念すべき年でしたし、史実をわかりやすく伝えるためにも、読みやすいかたちで出版することにしたのです。私は歴史ものの翻訳は言葉の訳ができるだけでは意味がないと思っています。歴史をしっかりと調べたうえでおこなうべきだと考えます。


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